やがて目覚めない朝が来る


どうやら見張りの者は下がらせたらしい。
スザクは構わず奥へと足を進めた。この扉の向こう側にあるのは皇帝の寝室である。
皇帝の騎士という身分であるとはいえ、本来なら立ち入ることのできない領域であっただろう。
だが、自分たちの特殊な関係においてその杞憂は愚問と同義である。
躊躇することもなく扉を開けると、ちょうど目の前に白い世界が広がっていた。
「何だ、ノックもなしに。相変わらず横着だな」
「君は相変わらず、そういう意外なことが得意なんだね」
ルルーシュの豪華絢爛なベッドは中央にあった。
その前で仁王立ちになった彼は先ほどのシーツを掲げて、ベッドを覆うようにふわりとかぶせた。
素早く中央を、そして四方を押さえて回ると皺一つないベッドの完成だ。
「よし、こんなものだな」
満足げにすら聞こえる呟きに、何となくおかしさを覚えた。
これがあの魔王とすら呼ばれる皇帝のしていいことなんだろうか。
かつて咲世子という存在がありながらも、その手並みとは家政婦の手本のようだ。
直属の侍女たちにすら任せる必要などないということか。
「長年の癖だよ、寝室に他人が出入りするのは好きじゃない」
ルルーシュはスザクの思考を読んで補足した。暗殺、という二文字が浮かぶ。
あまり穏やかではない話題だが、さも当たり前のように話すのは、それがかつての彼らにとってありえた日常の一つとして考えられていたからだろう。


「で、何の用だい」
「今度の黒の騎士団に対する作戦なんだが、……」

「やっと、できたか」

入った時はソファーの背もたれに隠れる形で気づかなかったが、どうやらずっといたらしい。
気だるげなC.C.は、待ちくたびれたぞ、と言った傍からベッドに盛大に寝転んだ。
(あ、せっかく綺麗なのに)と、関係ないことだと思いながら、スザクはいらぬ心配をしてしまう。
おまえには別の部屋があるだろう!とルルーシュは眉を寄せた。

「おまえだって、一人は寂しいだろう?ルルーシュ。だから、私が一緒に寝てやるよ」

感謝しろとでも言いたげな不遜な態度に思わずスザクはルルーシュの顔色を伺うが、彼は思ったよりもずっと冷静で、吐いた溜息は妥協したということだろう。それ以上何も言わない。

「……勝手にしろ。スザク、さっきの話は明日にする」
「イエス、ユアマジェスティ」

いつものルルーシュなら、追い出すくらいはしそうなものなのに。
スザクは自然に、それを不思議だと思った。
だが、ふと部屋を見渡してからスザクは不思議でないことを思い知った気がした。
確かにこのベッドは大きくて、一人で寝るには広すぎる。二人で寝たって十分なスペースだ。
だけど、それだけじゃない。
ルルーシュの瞳からは消えない疲れと憔悴の色が感じられた。
それは今の一刻をも争う油断ならない世界の状況とその対処に追われてのことで致し方ない、と捉えていた。スザクはあくまで表面的にしか捉えきれていなかったのだ。
幼い頃から知っているはずなのに、どこかでいつもスザクは彼を見誤る。間違えてしまう。
これから為さなければならないことの重圧、あらゆる世界の悪意を引き受けて、
己を魔王という記号に置き換えて、ただ一つの目的のために。

きっとそれはいくつもの眠れない夜を過ごした証。
彼はここでいつも過ごしてきたのだ。一人では長すぎる夜を。

その暗闇はどれほど彼を苛み、孤独の淵へと追いやったのだろうか。
スザクは罰を断罪されることを望んだけれど、ルルーシュは誰かの許しすら拒んだ。
その矜持から言っても、誰かに縋ることなどゴメンだと思っているに違いない。
それでも、C.C.は彼の傍にいる。彼はC.C.を迎え入れた。

「僕も一緒にお邪魔しようかな」
「スザク、おまえまで……。もういい、オレは寝るから勝手にしろ」

ルルーシュは口調こそぶっきらぼうに、シーツにくるまった。
宣言通り、C.C.とルルーシュを挟むようにベッドに横たわった。面白くない冗談とでも思っていたのか、スザクの重みがベッドにかかったことで、わずかにルルーシュが身を固くしたようだった。
だが、やがてそれも穏やかな寝息へと変わっていった。
果たして演技なのか、それとも真に安心してなのか背中合わせのままだとわからない。
でも、こんな風にルルーシュと眠るのはあの夏以来のことだった。

(お兄様、いつも寝つきはとってもいいんですよってナナリーが言ってったっけ…)
(そしたら、ルルーシュが本当はナナリーが寝てから眠ってるんだよってムキになって、)

珍しく仲のいい兄妹が口論となり、どっちが寝るのが遅いのか競争したのだ。
結局判定するはずのスザクが一番最初に寝てしまったので、勝負の結果はわからなかった。
だが、目覚めてルルーシュとナナリーが共に手を繋いで眠っていた姿に幸福を感じた朝。
寝返りを打った気配に振り向くと、昔と変わらぬ表情で寝息を立てている。
その手が何かを探すように動いたかと思うと、スザクの指へ絡められた。無意識の仕草。
振り払うようなことはせず、スザクはそっと目を閉じた。


変わってしまったはずなのに。
変わらない君の仕草ばかりが僕の瞳に映るのはどうしてだろう。





080930