犬のしつけはお早めに 最近のドアの立て付けがよろしくない。ルルーシュはドアノブを回しながら眉を寄せた。 静かな廊下に軋んだ音を響かせたドアの向こうには、ちょうど来客がいた。 スザクが机に向かったまま、こちらを振り返った。 「おかえり、ルルーシュ」 「お邪魔してるぜ、センパイ」 「――ジノ」 金髪の碧眼、しかも家は屈指の名家。 しかし学生の傍ら、職業は軍人という変り種の後輩だ。 しかもルルーシュに妙に興味があるらしく、何かと構ってもらいたがる。まるでルルーシュが幼い頃に可愛がっていた大型犬のようだ。本人には決して言っていないが。 とびっきりの笑顔でひらひらと手を振って、彼が今陣取っているのは自分のベッドである。 「ごめんよ、ルルーシュ。ジノには注意したんだけど」 「まあ、固いこと言うなって。な、ルルーシュ」 軍で上下関係でもあるスザクは、複雑そうな眼差しでもって代わりに謝罪した。 ルルーシュは、別に気にしないさ、と大人の対応を見せた。 ジノは軍ではスザクより上になるようだが(ルルーシュも詳しくは知らないのだ)、学年としては下になるため、ルルーシュやスザクとは別の階である。 家柄といい、別に自分たちと違って本当は寮住まいをする程でもないのだが、面白そうだから、という理由でアッシュフォード学園を選んだというのもまた変わっている。 「それより、今日はどうしたんだ」 「いやぁ、私がスザクに休んだ分の勉強を手伝ってもらおうと思ったんだが」 「……だから、僕を頼りにしないでって言ってあるのに」 スザクが困ったようにノートをペンで指した。 なるほど、課題の難しさではなく量にに困ったジノがスザクを巻き込んだ格好のようだ。 苦笑して見やると、スザクが半眼で「ジノはさっきから休憩しすぎだ」と憤っている。 「オレも着替えたら手伝おうか」 「いいよ、これは大体ジノが悪いんだし」 「でも、オレもどうせ勉強するから構わないぞ。それに三人でやった方が早い」 何を、私は軍人としての責務を果たしただけだ、と反論するジノを尻目にスザクは聞き流して、再びノートに向かう。このやり取りを何回も繰り返していたことが伺えた。 ルルーシュは鞄を自分のイスに置くと、そのまま自然な動作で制服のボタンに手をかけた。 だが、不意にそんな自分をじっと凝視するジノの視線に気がついて動きを止めた。 「な、何だ、ジノ。どうかしたのか」 「ルルーシュ!」 ジノが先輩を付け忘れたりするのはいつものことだから、あまり気にしない。 だが、スキンシップの好きな後輩のリアクションにルルーシュはどうにも戸惑いを覚えてしまう。 そしてその思いもよらぬ、突飛な思考回路にも、だ。 「そうだ!どうせなら、手伝ってもらうお礼に私が着替えさせてあげよう」 「いや、いいよ。これくらい自分でできるから」 「まあ、いいからいいから」 まるで新婚さんのようだな、ルルーシュ。 後ろから抱きかかえるような格好で、ルルーシュは満足に身動きが取れない。 だが、ジノは浮かれた気分でルルーシュのボタンに手をかけ、一つ、一つ、と外していく。 その手つきといったら自分のものでもないのに、妙に素早かった。器用と褒めるべきなのか。 「ちょ、おい、コラ待て。ジノ!」 「いいじゃないか、私たちは男同士だろう。気にしなくても」 「気にするとかしないとかじゃなくって、もういい!後は自分でやるから大丈夫だ……っ!」 「何だよ、ルルーシュ〜。ズボンくらい、脱がしたってまだ何をする訳でも…、」 ―――ピシィ…ッ! 「ごめん、シャーペンの芯が折れたみたいだ」 口元に笑みを浮かべたスザクは、冴え冴えとした冷たい瞳で固まる二人を見た。 それは明らかに嘘だろう、とツッコむこともできない空気が小さな部屋に流れたのだった。 「痛い、痛いぞ、こらァ、スザク……ッ!」 「いいからこっちにおいでよ、続きの勉強は君の部屋でやろう。ジノ」 「……何だか、邪魔したみたいだな」 気にしないで、とスザクはジノの耳を抓ったまま微笑んだ。 あれから無理矢理引き剥がされ、ジノはしゅんとして耳を垂れ下げたやはり犬のようだ。 「ジノが元はといえば、勝手に騒いでたんだ。ルルーシュの勉強の邪魔はしちゃ駄目だしね」 「あ、あぁ」 「こらスザク、私だけのせいにするなよ〜」 「いいから、君はこっちだよ」 あっけに取られているルルーシュを他所に、スザクはジノの襟首を引っ張った。 かなり体格差はあるものの、さすがは軍勤務というべきか、半ば廊下を引きずる形でスザクはジノの部屋へと向かって行く。そのジノは「またな〜、ルルーシュ先輩」と懲りずに手を振っていた。 それを見咎められて、スザクに睨まれているが涼しげなままだ。大物である。 「……やっぱり仲が、いいんだな」 ルルーシュは、半分ボタンを外したままの格好で、そんな二人を見送ったのだった。 081002 |