優しさが二人を遠ざける ナナリーは生きていた。 これ以上ない喜びであるはずの事実が、再びゼロであった彼を苦しめている。 ルルーシュ。 触れようとした手を止めたのは、ユフィのことがあるからか、それとも許せていないせいなのか。 自問自答に陥ったスザクの思考を見透かしたように、ルルーシュは低く笑った。 「無理に優しくしてくれなくていい」 「そんなつもりは」 「そうだな」 おまえが俺に優しくするなんてありえないことだ、とルルーシュは瞳を伏せた。 陰る瞳の奥にあるのは、絶望にも似た孤独だろうか。その瞳を覗き込むには、二人の距離は長く遠ざかりすぎていた。今こうして傍にいても、スザクは問い詰める言葉を持たない。 「おまえに同情されるなんて真っ平ごめんだよ。スザク」 だから優しくするな、と彼は言うのだろうか。 これ以上さらに己を孤独の淵に追い込んで、手に入れたモノも仲間も全て手放して、ギアスの力は彼に応え続ける。人ならざる王の力を得るとは、行使するとはそのようなものか。 そこまでの代償をおってなお、ルルーシュは立ち止まることをやめた。 誰もが望む明日のために、優しい世界のために。 その隣に立つのは自分だ。 全てを知る自分以外の他にいない、とスザクは自負している。 だからこそ、今のルルーシュを前に自分がどう振舞うべきなのかも重々わかっているつもりだ。 ここから先、自分たちは何一つ間違える訳にはいかないのだから。もう失うことはできない。 それでも、とどこかで思う自分がいる。 決して自分じゃなくて構わない。ナナリーやユフィのようにはいかなくても、カレンや学園の仲間のようにはいかなくても、誰かが今、さまよう瞳に優しい言葉の一つでも与えてほしかった。 そう思ってしまう自分の甘さは受け入れがたかったが、心は確かに揺れた。 ルルーシュ。 気がつけば心の中でもう一度呼んでいた。 振り向くはずがない横顔をじっと、ただ傍に佇んで見つめていた。 (僕は剣となって、君の敵を倒すことはできるけれど、その心まではたぶん守れないんだ) 「状況が状況なだけにアイツも受け入れるしかない、というところか」 気配を感じさせないまま、気がつけばC.C.が横にいた。ルルーシュは覚悟をしたのだろうか。 あの日、自分が叱咤した後、ルルーシュは持ち直した。表面上は。 「君はルルーシュに優しいのか、C.C.」 「アイツに、私が?それはないな。何せ向こうはプライドが高いからな」 皮肉っている口調とは似合わない表情でC.C.は語った。 自分は剣となり、彼女には彼の盾となることを託した。 守るべきはルルーシュ自身であり、彼がこれから為さんとする目的だ。即ちゼロレクイエム。 「これで本当に戦いは終わるんだろうか」 「私に聞くな、枢木スザク。これはおまえたちが決着をつけるための戦いだ」 「……あぁ、そうだ。終わらせてみせる、今度こそ」 ルルーシュはもうすぐ開戦を告げることだろう。この戦いの、最後の決戦が始まるのだ。 たくさんの人が死ぬだろう。たくさんの人が傷つくだろう。 それでも、と今は思う。ちゃんと思える。 不意にたくさんの思いが去来して、スザクは知らず口を開いていた。 遠い夏の日の出会い。まだ互いをよく知らずにいた頃の記憶までもが、波となり打ち寄せてくる。 君は知ってるかい?C.C. 「昔っからそうなんだ。ルルーシュが何かをするなって拒絶するときは、本当は逆なんだよ」 ――やさしくするなッ! ――僕らを助けようなんて思うな! 「本当は優しくしてほしい、か。――してやらないのか?」 ――おまえが、 魔女と呼ばれた彼女は、彼にもわからない本心を知ってか知らずか悪戯っぽく笑った。 スザクはわずかに目を細めると、いや、と首を振った。 出撃の時が近づき、警報が鳴った。自ずとスザクもいつもの厳しい表情に戻る。 アルビオンに乗り込んでから束の間、目を閉じた。 今度は彼こそが優しい世界によって救われることを、今は願うから。 080922 |